196●年生
某美術大学を卒業後、陶器会社を経て、
大手アクセサリー会社でデザイナーとして
アクセサリー・雑貨の企画デザインに11年携わる。
2003年退社。
「自分が本当に好きで欲しいものを、自分の手でつくりたい!」
2004年夏、Fosssetteをたちあげる。
◆
バッグ
◆
学生時代にクラフトデザインを専攻していたこともあり、
柳宗悦の民芸運動が好きでした。
「用の美」です。
その後アクセサリーの仕事をするようになりましたが
アクセサリーは言ってみれば
「美のための美」です。
着るもの、バッグなど本来用途があるものは、その機能が
ちゃんとしているもの、ベーシックなものが好きです。
ちゃんとしたもの、ベーシックで良いものは
既製品にもいっぱい、あります。
わたしもたぶんいっぱい持っています。
でもそれとは別に自分だけのものも欲しい。
すてきな色柄のプリントや古布との出会い。
気に入ったかたちのものをオリジナルで欲しい。
それがミシンに向かう動機です。
独学ですが、しっかりしたつくりになるようこころがけています。
◆
アクセサリー
◆
じつはアクセサリー会社に入るまで、
それほどアクセサリーは持っていませんでした。
今でも外出から帰ったら、まず時計とアクセサリーを外したい。
お風呂に入るときも寝るときも
たとえば華奢なゴールドのブレスレットなんかをずーっと着けているひと
そんなのってかっこいいなあ、と思うのですが、
本来ナチュラル指向の自分にはできません。
でも、やっぱりアクセサリーは大切です。
それを思い知ったのは、友人の結婚式におよばれしたとき。
残業続きで疲れていて寝坊したわたしは、行きの電車のなかで、
指が10本まっさらなのに気がつきました。
ネイルもしてなければリングも何にも無し。
そのときの絶望感!といったらありませんでした。
途中下車して、不本意ながら、某格安ジュエリーチェーン店に駆け込み、
手持ちのお金で買える小さな石付きのリングを買いました。
そのひとつのリングが絶望感を克服し、
その日一日、なんとかわたしのキモチを明るく保ってくれたのです。
「間に合わせ」ながら、アクセサリーの持つちからに感動。
アクセサリーはスタイルと心持ちを完成させてくれるものなのですね。
ああ、けっして今後おろそかにはするまいぞ、と思ったものです。
わたしがつくるアクセサリーは、会社にいた頃と違って
なかなかオリジナルのパーツを使うことはできません。
最近流行のビーズアクセのように凝ったテグス編みもしません。
でも、「けっしておろそかにはするまいぞ」と思ったあのキモチで
パーツを探し、ひとつひとつ色合わせや素材感を考えてつくっています。
誰かの気持ちを明るくしたり、嬉しくしたり、とかできたらいいな、
と思いつつ。